平成28年度第1学期終業式 校長式辞

校長

 漸く梅雨も明け本格的な夏の到来となりました。4か月近い期間のあった第1学期も今日の終業式をもって一区切りとなります。年度の初めに特に重点事項として「学力の向上」についてお話ししました。4月の上旬に3学年揃ってベネッセの基礎学力テストを実施したことに始まり、総合コースで月2回程度、特進コースは月4回程度、土曜日に正規の授業も始めました。いずれも順調な滑り出しと受け止めています。このほか、来年度以降の教育課程の改訂の準備や各種の研修を行い、先生方は生徒諸君をいかに大きく伸ばすか、諸君の良さを如何に引き出せるか研鑽を重ねてきました。進学か就職かを問わずそれぞれに求められる学力が身に付いていないと各自の進路の目標が達成できないからです。生徒諸君一人一人は、自分自身の学力の向上にどのように取り組めたか、何を身に着けようと努力してそれがどの程度実現したか、できなかったことができるようになったのか、4か月間の自身の成長を振り返ってください。この第1学期を漫然と過ごしてしまった人は、少しでも夏季休業中に挽回できるよう努力してもらいたいものです。
 明日から迎える夏季休業は、3年生にとっては進路決定の山場と言ってもいい時期です。就職を希望している人は、出願先を決め9月の入社試験の準備です。進学希望の人は、この夏季休業が大きく伸びる最後のチャンスです。秋以降は誰もが必死になり他者との差を縮めることは困難になります。目標達成への執着心の強さが決め手でしょう。2年生は、この時期以降、部活動の中心となり活躍が期待されます。秋から冬にかけての厳しい練習を経て来春に大きく開花することを期待しています。1年生は、漸く心身ともに高校の生活に慣れてきたかと思います。慣れが慢心を呼ぶのもこのころからです。高校生活を如何に過ごすか大きな分かれ道に差し掛かっています。3学年それぞれに課題を抱える夏季休業です。各自の自覚に基づく振る舞いを信じています。

 さて、今日はいつもと少し違うことをお話しします。
 今年の入学式や始業式で大人という言葉を何回か使いました。始業式では、「意識の持ち方として大人になること、大人としての判断ができるようになることについてです。」と言いました。入学式では、「卒業までの三年間で大人としての認識力や判断力、振る舞い方を身に着けることです。」「これを機会に大人になるとはどういうことかを真剣に考えていただきたい。」等数回大人という言葉を使いました。始業式や入学式の式辞では、「大人とは」と定義しないまま度々使用していました。
 大人という言葉は、いろいろな場面であまり意識されずに使われておりその都度何となく分かった気がしますが、いざ多くの人が納得するような説明をしようとすると困ってしまいます。それは、使い方があまりにも多様であることにもよります。交通機関の運賃のように中学生以上は大人と扱う場合もあり、映画館の入場料や寺社の拝観料等のように学生とは別に大人が設定してあることもあります。これらは比較的分かり易いものです。
 日常生活の中では、40歳も過ぎた立派な大人を指して「あいつは子供だな」ということがあったり、逆に中学生に入ったばかりの子供についても「あの子も大人になったな」と言うこともあるでしょう。40歳過ぎの大人に「あいつは子供だな」というときは、40歳前後の人はどうあるべきだという自分自身の漠然とした基準があり、それに達していないというやや非難がましい評価であり、中学生になったばかりの子供について「あの子も大人になったな」というときは、中学生になったばかりの子供としては、振る舞いや判断などが優れているという賞賛の意味を込めた評価でしょう。大人という言葉に込められた意味は異なっており、使う人や使われる場面ごとにその意味が変わっていることがよく分かります。
 始業式や入学式の式辞で使った「大人」とは、生徒諸君が努力すれば到達できそうな「大人」像であり、そこでは「仕事を任せることができる、発言したことに責任が持てる、判断ができる、約束が守れる、一人で生活できる」などの条件を満たす人を考えていました。しかし、私の考える「大人」はこれが全てではなく、私自身も話す相手により「おとな」像を変えていくでしょう。
 生徒諸君はそれぞれどのように受け止めてくれたでしょうか。先日の参議院選挙で投票権を行使できる年齢に達した生徒諸君もこの中にいます。この機会に、生徒諸君の当面目指すべき「大人」とはどのような意識や判断力、振る舞いなどを想定するのか考えてみてください。日々の学校生活の多忙感に紛れ、ゆっくり考えることもないかもしれませんが、この夏季休業中に、生徒諸君の今置かれている環境や条件中から考えられる「大人」とはどんな人か、大人とはどうあるべき人か考えてみてください。答えは一つではなく生徒諸君一人一人違ったものとなると思われますが、考えてみることに意味があると思います。